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【特集】農業の未来が見える!?大田区の「都市型植物工場」

食料自給率の低下や後継者不足、異常気象による生産の安定性の低下など、さまざまな問題が深刻化している日本の農業。これらの課題に対応するために、近年注目されているのが、屋内で野菜を育てる「植物工場」です。


「植物工場」とは、屋内で環境をコントロールしながら農作物を育てる施設のこと。LED照明や空調管理など、植物の生育に必要な環境を人工的に整えることで、季節や天候を問わずに、質の高い農作物を生産できます。

また、広い農地が不要なので、都市部でも取り組みやすいことも特長です。消費地の近くで生産すれば、輸送時に発生するCO2の削減にもつながるため、SDGsの達成に向けた新たな農業モデルとしても注目されています。

私たち消費者にとっては、美味しくて新鮮、そして安心して食べられる野菜が安定的に供給されることがメリットだといえるでしょう。今回は、大田区にある2つの植物工場(「FARM HANEDA」「江戸前ハーブ」)を訪れて、都市だからこそできる「新たな農業の試み」を取材してきました。

ビルの中に広がる未来の農業

「FARM HANEDA」

羽田空港にほど近い大田区東糀谷にある、洗練された印象のこのビルが「FARM HANEDA」。大田区内で鉄工業を営む企業(大塚鉄工株式会社)が、新規事業のために別会社として設立した「LEAF FACTORY TOKYO」が運営している都市型植物工場です。



植物工場が設置されているのは、2階から4階までのフロアです。約500㎡のスペースにリーフレタスなどの野菜を育てる棚がずらりと並び、白や青、赤などのLEDの照明が照らしています。


各フロアには、水耕栽培の棚が並ぶ。主に栽培しているのは、フリルレタスやレッドファイヤーなどのレタス類
会社のロゴや工場の内装の細部まで、一般的な植物工場のイメージとはかけ離れた、おしゃれな雰囲気にこだわっているのは、「若い人たちが、やってみたいと思えるような農業のスタイルを作りたい」と考えたからだそう。代表取締役の大塚章弘さんにお話をうかがいました。


代表取締役の大塚章弘さん(右)と技術を担当する氏家健登さん(左)
Q:異業種から農業に参入した理由を教えてください。
A:産業構造の転換を見据えた、新規事業として取り組んでいます。

親会社である大塚鉄工株式会社は、ここ大田区で創業し、約80年間にわたってトラックや建設業界向けの部品などを製造しています。今後の産業構造の転換を見据えて、新規事業に取り組みたいと考えていたところ、浮上した案の一つが「農業」でした。

一般的に、農業といえば、農地がない都市部での実施は難しく、体力が必要なイメージがあります。しかし、「植物工場」モデルを導入することで、そのイメージを覆し、「都会のビルで若者たちが生き生きと働く姿」を実現できたら面白いのではないかと感じました。そんな思いから、しばらくは社内の会議室に栽培棚を設置して試験的に野菜を育てていたのですが、ある時、この分野を専門とする大学の先生と知り合うことができ、産学連携でご指導をいただきながら、2022年に本格的な事業としてスタートさせました。


従来の農業に比べ、少ない水量で効率のよい栽培が可能だそう
Q:栽培している野菜の量と屋内での水耕栽培のメリットについて、詳しく教えてください。
A:1日あたり約1,000株を出荷しています。新鮮で高品質の野菜を安定供給できることがメリットです。

2023年の夏ごろから量産化を進め、2024年8月現在で、一日に約1,000株(リーフレタス換算)を出荷しています。この工場のキャパシティとしては、最大で一日に1,920株の収穫が可能です。

都内の飲食店からの受注生産が大半で、自社の保冷車で配送を行っています。鮮度が良くて安定した品質の野菜を継続的に供給できることは、飲食店にとっても大きなメリットとなるようです。また、屋内で水耕栽培をしているので、生菌数が少なく、病害虫に悩まされることもないため、栽培期間中は農薬を一切使わずに野菜を育てることができるのも利点ですね。さらに生菌数が少ないことで、冷蔵庫で2週間ほど新鮮な状態を保つことができます。
洗わずに使用できるため、飲食店のオペレーションの効率化にも役立つと喜ばれています。


自社配送により、取引先の声を直接聞くことができるのも強みだといいます
Q:生産する上でどんなことを工夫されていますか?
A:植物に最適な環境を人工的に作り出し、植物の生育を管理しています。

LEDの照明や風の当て方、温度、養液の濃度などの環境を作物の種類や生育段階に合わせて、人工的にコントロールしています。


種を蒔いてから約40日、露地栽培の1.5倍から2倍ぐらいのスピードで出荷できる大きさに育ちます
例えば、同じ種類のレタスでも、光の当て方によってこんなに葉の色が変わるんですよ。飲食店向けには、お皿が華やかに見える右側のレタスが人気ですね。


光の当て方により、葉の色が変わるそう。右側の葉の色は、アントシアニンという抗酸化作用のある天然色素によるもの
人工的に管理しているからこそ、このような作物の質(見た目、食感、食味など)のコントロールが可能です。その分、設備費・電気代などのコスト面が高くつくのが、植物工場の難点ではありますが、お取引先の飲食店には、それを超えるメリットを感じていただけています。

現在主力としている作物はレタス類ですが、飲食店のオーダーに合わせてさまざまな品種の栽培にも挑戦し、植物工場だと難しいとされるサラダほうれん草やラディッシュの量産化にも成功しました。販売の基準に達しないものは、ジェラートや和紙といった新しい商品にして、なるべく廃棄しないようにしています。植物の成長をずっと見ていると愛着が湧くので、スタッフは、栽培している作物を「この子たち」と呼んで可愛がってくれるんです。そういった気持ちも、栽培方法の改良や廃棄を減らすための新しいアイデアの源になっていますね。

私たちは、当社の事業を「社会課題解決型農業」と位置付けています。配送距離の短縮や消費期限の延長、廃棄物の削減などは、SDGsの観点からも重要な意義を持つものだと思います。


販売できないレタスを使用したオリジナルジェラートもスタッフのアイデアから生まれた商品(左)。和紙の開発にも取り組んでいます(右)

行ってみよう!「FARM HANEDA」



Shopスペース(左)とLab&Workshopスペース(右)
「FARM HANEDA」1階は、Shopスペースとなっており、一般の人たちでも採れたての野菜やオリジナルグッズ、レタスを使ったオリジナルジェラートを購入することが可能です。また4階のLab&Workshopスペースでは、地域の小学校の児童などを対象に見学会を実施。一般向けの見学会も不定期で募集していますので、LEAF FACTORY TOKYOのインスタグラム・公式LINEまたは店頭にてぜひチェックしてみてください。
FARM HANEDA
住所
東京都大田区東糀谷3-9-4

町工場の跡地から始まった

「江戸前ハーブ」

次に訪れたのは、大田区大森地区にある植物工場「江戸前ハーブ」。

ビルの地下の駐車場を改装した工場を訪れてみると、ハーブが植えられている棚がピンク色のライトで照らされた何とも不思議な光景が広がっていました!


マイクロハーブの生育にもっとも適しているのが、このピンク色の光
元料理人の経歴を持つ、村田好平さんが代表取締役を務める「江戸前ハーブ」が栽培しているのは、本葉が少しだけ出たくらいの「マイクロハーブ」とよばれる小さなハーブ。その可愛らしい見た目と凝縮された風味の豊かさで、レストランのシェフを中心に人気を集めています。


マイクロハーブの個性的な風味や形が、料理を華やかに演出してくれます
村田さんが、東京でのハーブづくりにこだわるのは、「消費が盛んな東京なら、高品質で新鮮な商品に適正な価格がつきやすい」と考えたから。また、季節によって仕事量に変化のある農業では、人を雇用するのが難しいけれども、年間を通じて安定した仕事がある工場モデルであれば、人を雇用しやすく、ビジネスとしての拡大も見込みやすいと考えています。村田さんにお話をうかがいました。


創業した第一工場から、最近この第二工場に生産の拠点を移したそうです
Q:どうしてハーブ栽培の道に進もうと思われたのですか?
A:テレビで見たハーブ農家の姿に感銘を受けたことをきっかけに、その農家に弟子入りをしました。

もともとはイタリアンの料理人をしていました。でも、料理の世界は競争が激しくて、そこで存在感を示すのはなかなか難しかったんですよね。そんなときに、テレビでこだわりのハーブを作ってレストランに販売している農家が特集されているのを見て、とても感銘を受けました。それで、その農家に弟子入りをしたんです。

そちらで修業をさせてもらい、淡路島にある師匠の農園の手伝いなどをしていた時期もあったのですが、独立をするにあたり師匠とは違った自分なりのスタイルでやってみたいと思い、東京でのハーブ栽培に挑戦することを決めました。


出荷直前まで育ったマイクロハーブ。消費地の近くで栽培することで、鮮度を保てることはもちろん、長距離輸送による環境負荷も抑えられます
Q:大田区に工場を設置した理由を教えてください。
A:都内で手頃な家賃の工場用地を探していたところ、大田区の町工場の跡地を見つけました。

大田区に来たのは、実は本当にたまたまのことなんです。最初は渋谷や恵比寿などでやろうと思っていたのですが、ある料理人の方にプランを話したところ、「もっと家賃の安いところで始めた方がいい。ボロボロの場所からスタートして、一流のレストランに納品できるようになれば、絶対に成功する」と言われて、はっとしました。そこで、最初に借りた工場が大田区の町工場跡地だったんです。

でも、大田区に実際に来てみると、家賃が安いだけではない、大きなメリットがありました。工場の近くに「大田市場」という中央卸売市場があるのですが、市場やその周辺には野菜を扱う卸売会社がたくさんあることがわかったんです。それまでの取引はすべて、自分たちで開拓したレストランに自社配送や宅急便を使って直接納品していたのですが、こうした企業とのつながりができて卸売の販路が広がり、受注も大幅に増えて生産に注力できる環境が整いました。

Q:「江戸前ハーブ」の美味しさの秘密を教えてください。
A:植物の芽のフレッシュさと生命感が、香りの豊かさを生み出しています。

土耕栽培を行っており、作物の持つ自然な風味と生命感を感じられるのが特徴です。実際に食べていただくとわかりますが、茎の一本一本がしっかりしています。


使用する種は一般的なもの。土に直接植え付けます

土のブレンドは、村田さんが開発したレシピをもとに外注しています。利用し終わった土を土壌改良剤として再利用する試みも進めています
また、他ではあまり見かけない、珍しいハーブも育てています。たとえば、ひまわりやオクラなど、一般的にはハーブとされない植物の芽も取り入れています。

マイクロハーブは、植物が成長するために必要なエネルギーがぎゅっと詰まった状態で収穫するからこそ、香りがとてもよいんです。私自身も料理人だったのでよくわかるのですが、こういった珍しくて美味しいハーブは、レストランのシェフたちにとても興味を持ってもらえます。


15種程度のミックスハーブが人気
今後は、料理に添えるエディブルフラワー(食べられる花)に挑戦してみたいと思っています。江戸前ハーブを使った料理の隣にエディブルフラワー「江戸前フラワー」を添えるのが、今の私の夢ですね。創業した第一工場でその夢を実現するための計画をしています。

大田区には町工場の跡地がたくさんあり、生産のキャパシティを広げる余地がたくさんあります。植物工場のピンクの光がそこに灯されたら、きっと楽しい光景が広がると思います。そんな新たな大田区の風景を作り上げていけたらいいなと思っています。


代表取締役の村田好平さん(左)と農場管理者の中岡佑介さん(右)
江戸前ハーブ
住所
東京都大田区大森本町 2-4-9ビバハイム地下2階

江戸前ハーブをいただけるレストラン「小鳥と苺 Bistro」



大田区西蒲田にある「小鳥と苺 Bistro」は、フランスとイタリアで経験を積んだオーナーシェフが腕を奮って、ワインに合う料理を提供するお店です。江戸前ハーブとはその創業時からの付き合いがあり、さまざまなマイクロハーブを料理に使用しているそう。
「江戸前ハーブのマイクロハーブは新鮮で香りがよく、他にはない品種を作るなどのチャレンジングな姿勢も魅力です 」とオーナーの木村祐一さん。江戸前ハーブを使った特別な一皿を味わいに、ぜひ訪れてみてくださいね。


ホタテと甘海老、シャインマスカットのカルパッチョ仕立て(2,000円)
使われているマイクロハーブは、セルフィーユ、オゼイユ、マリーゴールド。「江戸前ハーブが食材の橋渡しをし、意外な組み合わせも一皿として完成させてくれるんです」(木村さん)


オーナーの木村祐一さん(左)とスタッフ(右)
小鳥と苺 Bistro
住所
東京都大田区西蒲田7-64-6 1F
営業時間
17:00~23:00(ラストオーダー 料理22:00 ドリンク22:30)
定休日
月曜日・木曜日
大田区は、2023年にSDGsの達成に向けて優れた取組を提案する都市として、内閣府から「SDGs未来都市」に選定されています。さらに、その中でも特に先導的な取組を行う「自治体SDGsモデル事業」にも選定されています。

今回取材した都市型植物工場からも、消費期限が長いことなどによる廃棄の削減(目標12「つくる責任、つかう責任」)、配送距離の短さによる環境負荷の軽減(目標13「気候変動に具体的な対策を」)など、SDGsに沿った持続可能な農業のあり方のヒントが見えてきそうですね。

新しい農業の形として、期待の高まる「都市型植物工場」の今後がますます楽しみです。



大田区内にはまだまだ注目のスポットがたくさんあります。あなただけの「おおた推し」スポットを見つけてみてください!見つけたスポットは、ぜひSNSへ投稿を。その際は#uniqueotaをつけてくださいね!

大田区シティプロモーションサイト「UniqueOta/ユニークおおた」では、「他にはない、大田区ならではのユニークな場所と出会えるまち」を合言葉に、区内のさまざまな魅力を発信中です。

ぜひ、あなたの興味あるコンテンツを探してみてください。次回の特集もお楽しみに!
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